◎2015年11月20日(金)
銅親水公園駐車場(8:22)……「こう行って尾根」取付き(9:16)……石塔(11:05)……中倉山(11:38)……駐車場(13:15)
石倉山に行くつもりで足尾に向かった。空はどんよりしている。予報どおりに昼の前後に雨が降るかもしれない。運が良ければ曇天のままか。晴れが保証されている明日歩きがいいのだが、明日は用事もあるし、石倉山はロングコースを歩くわけでもないから、天気の具合はさして気にならない。今日の休暇とて出張中の代休で、山に行くのも、長引いている風邪ひきを、汗を流して和らげようという算段ていどのもので、まっとうに歩けなくともかまわない。そうなったら、改めて行けばいい。雨が降ったら、傘をさして松木川周辺をぶらぶらと歩くつもりでいる。
大間々を過ぎると陽が出てきた。そして、水沼を過ぎると路面が濡れていた。明け方まで雨が降っていたのだろう。空の青さは広がっていて、山もガスが抜けていくような気配がある。
こんなに晴れているのなら行き先を変えようか。中倉山。一年前に正面から登ってみようと向かったが、尾根を間違えて退散していた。ミス尾根とてそのまま石塔尾根に合流するから何も問題はなかったのだが、これはこだわりのレベル。渋々と登っても意味がないのでそそくさと下った。
予定外だったため地図は持参していないが、その時の下見でだいたいの様子はわかっている。その後、前の林道を歩くたびにこう行って、ああ行ってとシミュレートしながら眺めていた。
今月の3日にきりんこさんがそこを歩かれていた。先にやられちゃったなという思いはあったが、だれしも気になるところは早いとこ片づけておきたいものだ。自分は一年経ってもそれきり。きりんこさんが歩かれていなかったら、きっとまた来年に持ち越しだろう。晴れているなら、今日、やってしまおう。石倉山の登り口予定をスルーして、そのまま銅親水公園に向かった。
(これでは晴れるだろうと期待もする)
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雲はまだ立ち込めていたが、青いところもあちこちに見えている。ここの路面もまた濡れている。天気は良くなるはずだと安易に決めつけてもいる。ヘルメットをザックに括り付けて出発。岩場が続くかもしれないと、さすがに足は地下タビはやめにして、普通の登山靴にした。
今日は平日だ。工事車両がやたらに走っている。林道もヘリを歩いた。ところどころに水たまり。採石場を通過。そろそろだなと、松木川の渡渉ポイントを探しながら歩く。この時期にしては水が多い。
墓にさしかかると、左先のヤブの中から犬の鳴き声が聞こえた。子犬が切なそうに鳴いている。気になった。姿は見えない。捨て犬か、ここに紛れ込んでしまったのか。自分のことだ。ここで仏になれば、きっと犬をどうにかしようと、山行はヤメにするだろう。ここは鬼になったつもりで無視をした。幸いに姿が見えないからいいものの、そうでなかったら、あっさりと鬼にはなれない。かつて、娘が小さい時、一緒に足利方面の山に行き、捨て犬が5匹、しばらくくっついて来たことがあった。まさか家に連れて帰って飼うわけにもいかず、たまたま、ハイカーも多い山だったので、だれかが拾ってくれることを期待して、お堂の中に入れて閉じ込めたことがある。娘は泣きわめき、しばらくしても子犬の鳴き声が聞こえて切なかった。そんな記憶があるだけに、ここは無視するしかない。
(松木川に下る)
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(渡渉する。水道施設の残骸だろうか)
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渡渉ポイントを探しながら「みちくさ」にまで来てしまった。「こう行って尾根」の取り付きはもう過ぎている。川に下る。さらに上流に行ってみたが、どこも帯タスキだ。ジャンプしてこけたら痛いだろうなとか、石も滑りそうだなとか…。いさぎよく水をかぶるしか仕方がないようだ。何ということはない。渡渉用のズックは持参していて、履き替えるのが面倒なだけで、結局はジャージズボンの裾をたくし上げて渡った。水はさほど冷たくはなかった。実は、ここまで来たのにはそれなりのわけもあって、「こう行って尾根」の登りを割愛し、「ああ行って尾根」の末端から取り付けやしないかと再確認をしておきたかった。靴に履き替え、ヘルメットをかぶって覗き見に行ったが、やはり、これはとてもじゃないが無理。急過ぎ、脆過ぎ、ヤバ過ぎ。あっさり放棄。
(「こう行って尾根」の取り付き)
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「こう行って尾根」の末端に来る。前回確認しておいたが、ボロボロの赤テープとペンキ印があった。これは登山者の目印ではあるまい。なぜなら、先の「ああ行って尾根」を歩いていてワイヤーの類をいくつか見つけたからだ。工事作業関係用の目印だろう。
さて取り付くか。渡渉点を探している間に空の青味はかなり薄くなっていた。やはりダメか。ここを登っている最中に雨にあたったらたまらない。何とか持ってくれと願うばかりだ。
(すぐに堰堤を見下ろす状態になった)
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取り付きは脆い岩場。手がかりに力を加えず慎重に上がったが、正直のところ恐い。何とかクリアすると草付きになって一安心。だが、下からの見た目で予想した、痩せて脆い急斜面の状況は現場でもそのままだ。両足だけでの通過は無理で、ずっと四つ足歩きになっている。下の堰堤がどんどん遠くなる。かなりの高度の稼ぎ過ぎ。
(「こう行って尾根」の草付き。こう見えてもなかなかの急斜面になっている)
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(そして、やがて左にカーブする。カーブして「ああ行って尾根」となる。ここはかろうじて樹がある)
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(見下ろす。歩いて来た尾根は見えない)
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ヒザがガクガクにこそならないが、たちまちノドがカラカラになり、口の中がネバついた。きりんこさんの情報では、ノドがカラカラになるようなところはないとのお話だったが、自分レベルではとんでもない話だ。両足のみで立てるところで早速水を飲んだ。今年に入って、足尾の危うげなところを3本歩いたが、オロ北のカラ沢ではカラカラになるのもある程度の時間が経ってからのことだし、根利古道に至っては、ガクガクにはなってもカラカラにはならなかった。ここはかなりしんどい。恐怖度からいえば、カラ沢はじわりの恐怖感、ここは即効の恐怖といったところか。こういう状況は、せめて「こう行って尾根」区間だけでありたい。
尾根は幾分広くなった。あくまでも「幾分」だ。草付きも広がる。堰堤はもう直下に見えている。つまり、途中の尾根の斜面が見えていないのである。ふとここでおかしなことに気づいた。左下には堰堤から分岐する涸沢があるのだが、この尾根の傾斜に比べたら緩い(と感じる)。そして、沢は「ああ行って尾根」に突き上げてもいる。もしかすれば、この尾根を苦労して登るよりも沢沿いを登るのが安全、確実ではないのか。ひどくザレている様子もない。もちろん、逃げ場としてはこの尾根よりも安心して下れるだろう。あくまでも、この尾根に比べてのこと。意識せぬまま早々に逃げ道を探している。沢には難なく下りられそうだ。
ようやく2本足で歩けるようになった。草の合い間にガレが出てきたり、崩壊して土がむき出しのところもある。概ね、状況の悪い尾根程度の様相になった。興奮状態も平常心に戻りつつあり、シカフンがやたらとあることに今さらながらに気づいた。上に続いている草の間の窪みはシカ道か。そんなことを考えていたら、隣のガレ尾根をシカが一頭、悠々と歩いて登って行くのが見えた。下りる姿を見てみたい。
枯れたような樹が散発的に現れ、「ああ行って尾根」との合流部まであと一息だ。草も伸び、足元がよく見えない。窪みにでも足をとられたら、転落もしかねない。より慎重になった。
(「ああ行って尾根」と合流。写真の右側が「こう行って尾根」になる)
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(すぐに目に入ったのが右の谷間。強烈な高度感がある)
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「ああ行って尾根」に合流した。ほっとした。取り付きからたかが35分だったが、かなりへこんだ。また水を飲む。こういうことは滅多にない。緊張感は並ではなかった。今日のコース、自分には「こう行って尾根」の登りが核心だった。タバコを立て続けに2本吸って、ようやく落ち着いた。
さてと、ここまで来たのなら先に行くしかあるまい。天気はとうとうどんよりになってしまった。いつ雨が降ってきてもおかしくはない。
(これから登る「ああ行って尾根」。中倉山は右奥となる)
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(ここも左右に植生がはっきりと区分けされている)
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この先の「ああ行って尾根」はガレが続いているようだ。中倉山方面にはガスがかかり、視界もはっきりしない。ただ、ここは尾根伝いに真っ直ぐ行くだけだ。石塔が見えたら、尾根から離れてトラバース気味に石塔を目指すつもりでいる。尾根をそのままに行けば、やがては両刃の剣のような岩場になって行きづまるはず。うまく巻いて行けたとしても石塔の上に出てしまう。地図は手元になくとも何度も見ているし、石塔周辺をうろついて下見もしている。
尾根は「こう行って尾根」に比べて広く、傾斜も若干緩い。ただ、ここも両側は切れ落ち、風にあおられでもしたらかなり危険だろう。右側・西側は鋭い谷間になっていて、間を急峻な沢が流れている。何沢というのか知らないが、小滝が続いて見えている。あれはあれで中倉山の先に続いているのだろう。
しばらくは草付きが続いた。草の丈は低く、地衣類系が主体だ。合流点では石がなかったためにできなかったが、先でケルンを積む余裕もできた。その際、石を一個落とした。他の石を誘発しながら、はるか下まで音を響かせて落ちていった。
(向こうに見える「間違い尾根」。いずれ石塔尾根に合流する。手前尾根はこの尾根に合流する。こちら面は崩壊している)
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左側に前回の間違い尾根が平行して延びている。きっと、ここの傾斜もあれと同じくらいなのだろう。さらにこの先で合流する手前の尾根の斜面は崩れている。どれが969m標高点のあるピークなのかわからない。周囲を見れば気落ちするだけだから、尾根の前方に意識を集中させよう。ここにもシカフンが続く。こういうのを見るとほっとする。しかし、相手は四つ足だ。どこでも歩ける。
この尾根の下末端には「みちくさ」がずっと見えている(石塔に着くまで見えていた)。そして林道終点の広場には工事車両が3台。おかしなところでオレンジ色のヘルメットが動いているのがそこから見えているかも知れない。
(見下ろすと右下に「こう行って尾根」が続いている)
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(尾根が寸断されている)
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(かろうじて中倉山か?)
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石に赤ペンキの矢印が記されていた。途中で見たのはここだけ。色はかなり落ちている。続いて、尾根の寸断部を通過。慎重に下って登れば問題はない。見上げる。中倉山らしいピークがガスの中から見えてきた。その左にあるはずの石塔はこの先のピークに隠れている。見下ろすと、武骨そうな尾根がここまで続いている。たまに土のむき出しがあって、そこに窪みが続いたりしているのがわかるが、まさか半月前のきりんこさんの足跡でもあるまい。また、意味もなくケルンを積んだ。この尾根、ケルンを見かけないが、足尾のRRさんのテリトリーではないのだろうか。下り時使用かと思っていたが…。
(申すまでもなく赤倉山)
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(築いたケルン2号。向こうは絶壁)
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(次第になだらか)
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(隣の尾根との合流付近。こんなところでも樹はしっかりと育っている)
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目の前のガレのピークを乗り越えるとまた草地になった。この辺になると、荒れた尾根も石塔尾根に集約しつつあるようで、広がり出している。もう憂いもなく安心して歩けるようになってきた。せいぜい、注意すべきは先にあるかもしれない落とし穴だけだろうか。だが、右下斜面は崩壊していて、気持ちは依然、休まらない。次のピークの肩先奥に石塔らしきものが見える。地図がない以上、GPSで確認せざるを得ないが、見てみると、石塔ポイントまではまだかなりの距離だ。ちょっとうんざりする。
(かなり歩きやすくなったが石塔は見えない)
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(ようやく石塔が見えてきた)
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(そして左に石塔尾根)
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左手に明瞭な石塔尾根が見え出した。あの尾根はどう見ても剣の刃だ。崩壊もせずにあの状態がずっと続いているのが不思議なくらい。その先に岩峰群と備前楯が覗く。石塔尾根に気をとられて登っていたが、見上げると、石塔が接近していた。もう、ここまで来れば大丈夫だろう。危険状態からは解放されたようなもの。こんなところを登ってみた向うみずなハイカーには、大きな安堵感だ。両側のキレットは視界に入らず、目の前の尾根もこれまでとは違った広い斜面になっている。石塔を間近に見て安心したと同時についに雨が降ってきた。軽いパラパラ。このままで行ってしまおう。ここで太いワイヤーの残骸を見た。三度目の意味なしのケルンを積む。
(石塔が近づく。右手のピーク越えは避けた)
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(石塔を目指してトラバース)
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下見では確認しきれないでいたが、「ああ行って尾根」は石塔尾根に自然に合流かと思っていた。ところがそうではなかった。ここは石塔直下まで独立した尾根で、その間は谷になっていた。この状況は井戸沢右岸尾根や部分的な左岸尾根との違いかもしれない。
下見を含めた予想どおり、先を見ると、この尾根は石塔の上を越えて石塔尾根に接していた。目の前右手に見えているガレのピークは問題なく越えられそうだが、こちらの思惑としては石塔に至ることを優先したい。幸いにも石塔の下で谷は帳消しになり、緩い斜面になっている。そこをトラバースして石塔に出ることにしよう。きりんこさんは、あくまでも尾根伝いに岩峰を巻きながらも石塔の上に出られたようだ。
シカ道を辿る。灌木もあって、トラバースに問題はない。右上の尾根の方はガレピークを越えて一旦低くなり、よほど上がろうかなと思ったりもしたが、ここは我慢。尾根に戻ったら、終盤で試練になる。シカ道分岐を右に向かう。途中、沢筋の窪みを乗り越える。石塔はもう目の前だ。
(そして石塔)
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(「ああ行って尾根」をそのまま行けば左の岩峰に出るのだろう。ここから見る限りは下を巻けそうだ)
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特別なトラブルもなく石塔の真下に出た。そして石塔尾根に乗って石塔前。一服。あ~ぁしんどかった。だが、下見時に予定したコースでの到達点はもうちょい上で、自分が避けたガレピークを越えてからのトラバースだったようだ。逃げるのが早過ぎて、この点はちょっと失敗した。
雨の粒が大きくなった。ここまで来れば、濡れネズミになろうがもうどうでもいい。ザックの荷物はビニール袋に包んで二重にし、ヘルメットはそのまま。合羽をわざわざ着るのは面倒だ。
取り付きから石塔まで1時間50分かかった。きりんこさんは中倉山まで1時間半とのこと。タバコタイムの有無でそう大きな違いはないはず。所詮は次元、レベルの違いだろう。我ながら2時間もかからずに到達できたことに満足した。しかし「こう行って尾根」はきつかったなぁ。
(おなじみの中倉山)
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雨は降り続いている。このまま井戸沢右岸尾根を下ってもいいが、中倉山に登るのがマナーというかけじめだろう。石塔の背後から踏み跡を登る。この踏み跡、雪の時期に登ると滑って苦痛このうえない。雪があったら、左から大回りした方が無難だろう。
真新しい赤テープが3本あった。それ以外は古いテープ。いずれもその存在意義がわからない。試しに新しいのを追ってみたら、行き止まりになって、踏み跡もその先で消えた。さらにその先は中倉山から離れて危うく松木川に至るだろう。こういう半端な目印を何でつけるのだろうか。作者の意図がまったくわからない。危険の誘発なら一種の犯罪行為だ。
中倉山に到着。かろうじて沢入山が見える。雨は相変わらず降っている。この先に行っても濡れた身体が重くなるだけだ。引き返そう。
(井戸沢右岸尾根に向けて下る。清掃が行き届き、きれいな尾根になっていた)
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(下っている井戸沢右岸尾根)
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で、どこを下ろう。ここのところ、中倉山からの下りは一般コースをメインにしているが、今日は嫌いな井戸沢右岸尾根をたまには下るとするか。一般コースに比べて30分は余計にかかる。だが、お仲間の方々が、裏道のこの尾根を清掃登山の対象にされ、皆さん、せっせときれいにされている。自分はこの尾根は嫌いだし、表道をきれいにしていますから裏はよろしくというわけにもいくまい。このこともさることながら、石塔尾根のキレット部を正面から改めて見てみたいという気持ちがある。そして、井戸沢の左岸尾根だ。要は、井戸沢の左岸側から石塔尾根に登るとどういうことになるのかといった観察だ。これもまた自己満足の領域なのだが。
(林道に出た。フィニッシュ)
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知らずのうちに雨はやんでいた。井戸沢尾根のフィニッシュの粘土滑りで靴がかなり汚れた。ズボンのポケットには取り残しのテープが15本ほど。しばらくは井戸沢右岸尾根に関しては自然の色以外のカラーは目に付かないはずだ。表現はストレートだが根絶やし。石塔尾根のキレット周辺もじっくり観察した。あそこを再びまっとうに歩くつもりはない。どう回避して登るかが要件だ。見た目ではなかなかわからない。あとは、つけたアタリをいずれ実際に歩いてみて、ダメなら戻ればいい。
(足尾の紅葉も終わりだ)
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仁田元沢の林道工事は終わっていたが、半端なままになっていて、来年もまた再開だろうか。
駐車場に到着して着替えをしていると、自転車のオッチャンに声をかけられた。オッチャンは山歩きの格好をしていた。どこに行って来たのかと聞かれ、中倉山と答えたが、その中倉山をご存じない。どうやって行くのかと突っ込まれたが、この辺の山のことも知らないのでは返答しようにもない。見えている足尾の象徴・備前楯山すら知らなかった。つまりは、春になったら、写真仲間を連れてハイキングがてら写真撮りに来たくて、今日はその下見なのだが、いいところはないのかというご相談で、でしたら、松木川沿いに林道を先まで歩いてみたらいかがですかということで逃げた。どうも、こういう御仁につかまると、話がややこしくなる。
5時間足らずの歩きではあったが、なかなかしんどいコースであった。気分的にもかなり重かった。翌日になって、太腿が痛くて、階段の上り下りがきつかった。後半は雨の中の歩きになってしまい、風邪は良くなるどころか悪化して病院に行く始末であった。
銅親水公園駐車場(8:22)……「こう行って尾根」取付き(9:16)……石塔(11:05)……中倉山(11:38)……駐車場(13:15)
石倉山に行くつもりで足尾に向かった。空はどんよりしている。予報どおりに昼の前後に雨が降るかもしれない。運が良ければ曇天のままか。晴れが保証されている明日歩きがいいのだが、明日は用事もあるし、石倉山はロングコースを歩くわけでもないから、天気の具合はさして気にならない。今日の休暇とて出張中の代休で、山に行くのも、長引いている風邪ひきを、汗を流して和らげようという算段ていどのもので、まっとうに歩けなくともかまわない。そうなったら、改めて行けばいい。雨が降ったら、傘をさして松木川周辺をぶらぶらと歩くつもりでいる。
大間々を過ぎると陽が出てきた。そして、水沼を過ぎると路面が濡れていた。明け方まで雨が降っていたのだろう。空の青さは広がっていて、山もガスが抜けていくような気配がある。
こんなに晴れているのなら行き先を変えようか。中倉山。一年前に正面から登ってみようと向かったが、尾根を間違えて退散していた。ミス尾根とてそのまま石塔尾根に合流するから何も問題はなかったのだが、これはこだわりのレベル。渋々と登っても意味がないのでそそくさと下った。
予定外だったため地図は持参していないが、その時の下見でだいたいの様子はわかっている。その後、前の林道を歩くたびにこう行って、ああ行ってとシミュレートしながら眺めていた。
今月の3日にきりんこさんがそこを歩かれていた。先にやられちゃったなという思いはあったが、だれしも気になるところは早いとこ片づけておきたいものだ。自分は一年経ってもそれきり。きりんこさんが歩かれていなかったら、きっとまた来年に持ち越しだろう。晴れているなら、今日、やってしまおう。石倉山の登り口予定をスルーして、そのまま銅親水公園に向かった。
(これでは晴れるだろうと期待もする)

雲はまだ立ち込めていたが、青いところもあちこちに見えている。ここの路面もまた濡れている。天気は良くなるはずだと安易に決めつけてもいる。ヘルメットをザックに括り付けて出発。岩場が続くかもしれないと、さすがに足は地下タビはやめにして、普通の登山靴にした。
今日は平日だ。工事車両がやたらに走っている。林道もヘリを歩いた。ところどころに水たまり。採石場を通過。そろそろだなと、松木川の渡渉ポイントを探しながら歩く。この時期にしては水が多い。
墓にさしかかると、左先のヤブの中から犬の鳴き声が聞こえた。子犬が切なそうに鳴いている。気になった。姿は見えない。捨て犬か、ここに紛れ込んでしまったのか。自分のことだ。ここで仏になれば、きっと犬をどうにかしようと、山行はヤメにするだろう。ここは鬼になったつもりで無視をした。幸いに姿が見えないからいいものの、そうでなかったら、あっさりと鬼にはなれない。かつて、娘が小さい時、一緒に足利方面の山に行き、捨て犬が5匹、しばらくくっついて来たことがあった。まさか家に連れて帰って飼うわけにもいかず、たまたま、ハイカーも多い山だったので、だれかが拾ってくれることを期待して、お堂の中に入れて閉じ込めたことがある。娘は泣きわめき、しばらくしても子犬の鳴き声が聞こえて切なかった。そんな記憶があるだけに、ここは無視するしかない。
(松木川に下る)

(渡渉する。水道施設の残骸だろうか)

渡渉ポイントを探しながら「みちくさ」にまで来てしまった。「こう行って尾根」の取り付きはもう過ぎている。川に下る。さらに上流に行ってみたが、どこも帯タスキだ。ジャンプしてこけたら痛いだろうなとか、石も滑りそうだなとか…。いさぎよく水をかぶるしか仕方がないようだ。何ということはない。渡渉用のズックは持参していて、履き替えるのが面倒なだけで、結局はジャージズボンの裾をたくし上げて渡った。水はさほど冷たくはなかった。実は、ここまで来たのにはそれなりのわけもあって、「こう行って尾根」の登りを割愛し、「ああ行って尾根」の末端から取り付けやしないかと再確認をしておきたかった。靴に履き替え、ヘルメットをかぶって覗き見に行ったが、やはり、これはとてもじゃないが無理。急過ぎ、脆過ぎ、ヤバ過ぎ。あっさり放棄。
(「こう行って尾根」の取り付き)

「こう行って尾根」の末端に来る。前回確認しておいたが、ボロボロの赤テープとペンキ印があった。これは登山者の目印ではあるまい。なぜなら、先の「ああ行って尾根」を歩いていてワイヤーの類をいくつか見つけたからだ。工事作業関係用の目印だろう。
さて取り付くか。渡渉点を探している間に空の青味はかなり薄くなっていた。やはりダメか。ここを登っている最中に雨にあたったらたまらない。何とか持ってくれと願うばかりだ。
(すぐに堰堤を見下ろす状態になった)

取り付きは脆い岩場。手がかりに力を加えず慎重に上がったが、正直のところ恐い。何とかクリアすると草付きになって一安心。だが、下からの見た目で予想した、痩せて脆い急斜面の状況は現場でもそのままだ。両足だけでの通過は無理で、ずっと四つ足歩きになっている。下の堰堤がどんどん遠くなる。かなりの高度の稼ぎ過ぎ。
(「こう行って尾根」の草付き。こう見えてもなかなかの急斜面になっている)

(そして、やがて左にカーブする。カーブして「ああ行って尾根」となる。ここはかろうじて樹がある)

(見下ろす。歩いて来た尾根は見えない)

ヒザがガクガクにこそならないが、たちまちノドがカラカラになり、口の中がネバついた。きりんこさんの情報では、ノドがカラカラになるようなところはないとのお話だったが、自分レベルではとんでもない話だ。両足のみで立てるところで早速水を飲んだ。今年に入って、足尾の危うげなところを3本歩いたが、オロ北のカラ沢ではカラカラになるのもある程度の時間が経ってからのことだし、根利古道に至っては、ガクガクにはなってもカラカラにはならなかった。ここはかなりしんどい。恐怖度からいえば、カラ沢はじわりの恐怖感、ここは即効の恐怖といったところか。こういう状況は、せめて「こう行って尾根」区間だけでありたい。
尾根は幾分広くなった。あくまでも「幾分」だ。草付きも広がる。堰堤はもう直下に見えている。つまり、途中の尾根の斜面が見えていないのである。ふとここでおかしなことに気づいた。左下には堰堤から分岐する涸沢があるのだが、この尾根の傾斜に比べたら緩い(と感じる)。そして、沢は「ああ行って尾根」に突き上げてもいる。もしかすれば、この尾根を苦労して登るよりも沢沿いを登るのが安全、確実ではないのか。ひどくザレている様子もない。もちろん、逃げ場としてはこの尾根よりも安心して下れるだろう。あくまでも、この尾根に比べてのこと。意識せぬまま早々に逃げ道を探している。沢には難なく下りられそうだ。
ようやく2本足で歩けるようになった。草の合い間にガレが出てきたり、崩壊して土がむき出しのところもある。概ね、状況の悪い尾根程度の様相になった。興奮状態も平常心に戻りつつあり、シカフンがやたらとあることに今さらながらに気づいた。上に続いている草の間の窪みはシカ道か。そんなことを考えていたら、隣のガレ尾根をシカが一頭、悠々と歩いて登って行くのが見えた。下りる姿を見てみたい。
枯れたような樹が散発的に現れ、「ああ行って尾根」との合流部まであと一息だ。草も伸び、足元がよく見えない。窪みにでも足をとられたら、転落もしかねない。より慎重になった。
(「ああ行って尾根」と合流。写真の右側が「こう行って尾根」になる)

(すぐに目に入ったのが右の谷間。強烈な高度感がある)

「ああ行って尾根」に合流した。ほっとした。取り付きからたかが35分だったが、かなりへこんだ。また水を飲む。こういうことは滅多にない。緊張感は並ではなかった。今日のコース、自分には「こう行って尾根」の登りが核心だった。タバコを立て続けに2本吸って、ようやく落ち着いた。
さてと、ここまで来たのなら先に行くしかあるまい。天気はとうとうどんよりになってしまった。いつ雨が降ってきてもおかしくはない。
(これから登る「ああ行って尾根」。中倉山は右奥となる)

(ここも左右に植生がはっきりと区分けされている)

この先の「ああ行って尾根」はガレが続いているようだ。中倉山方面にはガスがかかり、視界もはっきりしない。ただ、ここは尾根伝いに真っ直ぐ行くだけだ。石塔が見えたら、尾根から離れてトラバース気味に石塔を目指すつもりでいる。尾根をそのままに行けば、やがては両刃の剣のような岩場になって行きづまるはず。うまく巻いて行けたとしても石塔の上に出てしまう。地図は手元になくとも何度も見ているし、石塔周辺をうろついて下見もしている。
尾根は「こう行って尾根」に比べて広く、傾斜も若干緩い。ただ、ここも両側は切れ落ち、風にあおられでもしたらかなり危険だろう。右側・西側は鋭い谷間になっていて、間を急峻な沢が流れている。何沢というのか知らないが、小滝が続いて見えている。あれはあれで中倉山の先に続いているのだろう。
しばらくは草付きが続いた。草の丈は低く、地衣類系が主体だ。合流点では石がなかったためにできなかったが、先でケルンを積む余裕もできた。その際、石を一個落とした。他の石を誘発しながら、はるか下まで音を響かせて落ちていった。
(向こうに見える「間違い尾根」。いずれ石塔尾根に合流する。手前尾根はこの尾根に合流する。こちら面は崩壊している)

左側に前回の間違い尾根が平行して延びている。きっと、ここの傾斜もあれと同じくらいなのだろう。さらにこの先で合流する手前の尾根の斜面は崩れている。どれが969m標高点のあるピークなのかわからない。周囲を見れば気落ちするだけだから、尾根の前方に意識を集中させよう。ここにもシカフンが続く。こういうのを見るとほっとする。しかし、相手は四つ足だ。どこでも歩ける。
この尾根の下末端には「みちくさ」がずっと見えている(石塔に着くまで見えていた)。そして林道終点の広場には工事車両が3台。おかしなところでオレンジ色のヘルメットが動いているのがそこから見えているかも知れない。
(見下ろすと右下に「こう行って尾根」が続いている)

(尾根が寸断されている)

(かろうじて中倉山か?)

石に赤ペンキの矢印が記されていた。途中で見たのはここだけ。色はかなり落ちている。続いて、尾根の寸断部を通過。慎重に下って登れば問題はない。見上げる。中倉山らしいピークがガスの中から見えてきた。その左にあるはずの石塔はこの先のピークに隠れている。見下ろすと、武骨そうな尾根がここまで続いている。たまに土のむき出しがあって、そこに窪みが続いたりしているのがわかるが、まさか半月前のきりんこさんの足跡でもあるまい。また、意味もなくケルンを積んだ。この尾根、ケルンを見かけないが、足尾のRRさんのテリトリーではないのだろうか。下り時使用かと思っていたが…。
(申すまでもなく赤倉山)

(築いたケルン2号。向こうは絶壁)

(次第になだらか)

(隣の尾根との合流付近。こんなところでも樹はしっかりと育っている)

目の前のガレのピークを乗り越えるとまた草地になった。この辺になると、荒れた尾根も石塔尾根に集約しつつあるようで、広がり出している。もう憂いもなく安心して歩けるようになってきた。せいぜい、注意すべきは先にあるかもしれない落とし穴だけだろうか。だが、右下斜面は崩壊していて、気持ちは依然、休まらない。次のピークの肩先奥に石塔らしきものが見える。地図がない以上、GPSで確認せざるを得ないが、見てみると、石塔ポイントまではまだかなりの距離だ。ちょっとうんざりする。
(かなり歩きやすくなったが石塔は見えない)

(ようやく石塔が見えてきた)

(そして左に石塔尾根)

左手に明瞭な石塔尾根が見え出した。あの尾根はどう見ても剣の刃だ。崩壊もせずにあの状態がずっと続いているのが不思議なくらい。その先に岩峰群と備前楯が覗く。石塔尾根に気をとられて登っていたが、見上げると、石塔が接近していた。もう、ここまで来れば大丈夫だろう。危険状態からは解放されたようなもの。こんなところを登ってみた向うみずなハイカーには、大きな安堵感だ。両側のキレットは視界に入らず、目の前の尾根もこれまでとは違った広い斜面になっている。石塔を間近に見て安心したと同時についに雨が降ってきた。軽いパラパラ。このままで行ってしまおう。ここで太いワイヤーの残骸を見た。三度目の意味なしのケルンを積む。
(石塔が近づく。右手のピーク越えは避けた)

(石塔を目指してトラバース)

下見では確認しきれないでいたが、「ああ行って尾根」は石塔尾根に自然に合流かと思っていた。ところがそうではなかった。ここは石塔直下まで独立した尾根で、その間は谷になっていた。この状況は井戸沢右岸尾根や部分的な左岸尾根との違いかもしれない。
下見を含めた予想どおり、先を見ると、この尾根は石塔の上を越えて石塔尾根に接していた。目の前右手に見えているガレのピークは問題なく越えられそうだが、こちらの思惑としては石塔に至ることを優先したい。幸いにも石塔の下で谷は帳消しになり、緩い斜面になっている。そこをトラバースして石塔に出ることにしよう。きりんこさんは、あくまでも尾根伝いに岩峰を巻きながらも石塔の上に出られたようだ。
シカ道を辿る。灌木もあって、トラバースに問題はない。右上の尾根の方はガレピークを越えて一旦低くなり、よほど上がろうかなと思ったりもしたが、ここは我慢。尾根に戻ったら、終盤で試練になる。シカ道分岐を右に向かう。途中、沢筋の窪みを乗り越える。石塔はもう目の前だ。
(そして石塔)

(「ああ行って尾根」をそのまま行けば左の岩峰に出るのだろう。ここから見る限りは下を巻けそうだ)

特別なトラブルもなく石塔の真下に出た。そして石塔尾根に乗って石塔前。一服。あ~ぁしんどかった。だが、下見時に予定したコースでの到達点はもうちょい上で、自分が避けたガレピークを越えてからのトラバースだったようだ。逃げるのが早過ぎて、この点はちょっと失敗した。
雨の粒が大きくなった。ここまで来れば、濡れネズミになろうがもうどうでもいい。ザックの荷物はビニール袋に包んで二重にし、ヘルメットはそのまま。合羽をわざわざ着るのは面倒だ。
取り付きから石塔まで1時間50分かかった。きりんこさんは中倉山まで1時間半とのこと。タバコタイムの有無でそう大きな違いはないはず。所詮は次元、レベルの違いだろう。我ながら2時間もかからずに到達できたことに満足した。しかし「こう行って尾根」はきつかったなぁ。
(おなじみの中倉山)

雨は降り続いている。このまま井戸沢右岸尾根を下ってもいいが、中倉山に登るのがマナーというかけじめだろう。石塔の背後から踏み跡を登る。この踏み跡、雪の時期に登ると滑って苦痛このうえない。雪があったら、左から大回りした方が無難だろう。
真新しい赤テープが3本あった。それ以外は古いテープ。いずれもその存在意義がわからない。試しに新しいのを追ってみたら、行き止まりになって、踏み跡もその先で消えた。さらにその先は中倉山から離れて危うく松木川に至るだろう。こういう半端な目印を何でつけるのだろうか。作者の意図がまったくわからない。危険の誘発なら一種の犯罪行為だ。
中倉山に到着。かろうじて沢入山が見える。雨は相変わらず降っている。この先に行っても濡れた身体が重くなるだけだ。引き返そう。
(井戸沢右岸尾根に向けて下る。清掃が行き届き、きれいな尾根になっていた)

(下っている井戸沢右岸尾根)

で、どこを下ろう。ここのところ、中倉山からの下りは一般コースをメインにしているが、今日は嫌いな井戸沢右岸尾根をたまには下るとするか。一般コースに比べて30分は余計にかかる。だが、お仲間の方々が、裏道のこの尾根を清掃登山の対象にされ、皆さん、せっせときれいにされている。自分はこの尾根は嫌いだし、表道をきれいにしていますから裏はよろしくというわけにもいくまい。このこともさることながら、石塔尾根のキレット部を正面から改めて見てみたいという気持ちがある。そして、井戸沢の左岸尾根だ。要は、井戸沢の左岸側から石塔尾根に登るとどういうことになるのかといった観察だ。これもまた自己満足の領域なのだが。
(林道に出た。フィニッシュ)

知らずのうちに雨はやんでいた。井戸沢尾根のフィニッシュの粘土滑りで靴がかなり汚れた。ズボンのポケットには取り残しのテープが15本ほど。しばらくは井戸沢右岸尾根に関しては自然の色以外のカラーは目に付かないはずだ。表現はストレートだが根絶やし。石塔尾根のキレット周辺もじっくり観察した。あそこを再びまっとうに歩くつもりはない。どう回避して登るかが要件だ。見た目ではなかなかわからない。あとは、つけたアタリをいずれ実際に歩いてみて、ダメなら戻ればいい。
(足尾の紅葉も終わりだ)

仁田元沢の林道工事は終わっていたが、半端なままになっていて、来年もまた再開だろうか。
駐車場に到着して着替えをしていると、自転車のオッチャンに声をかけられた。オッチャンは山歩きの格好をしていた。どこに行って来たのかと聞かれ、中倉山と答えたが、その中倉山をご存じない。どうやって行くのかと突っ込まれたが、この辺の山のことも知らないのでは返答しようにもない。見えている足尾の象徴・備前楯山すら知らなかった。つまりは、春になったら、写真仲間を連れてハイキングがてら写真撮りに来たくて、今日はその下見なのだが、いいところはないのかというご相談で、でしたら、松木川沿いに林道を先まで歩いてみたらいかがですかということで逃げた。どうも、こういう御仁につかまると、話がややこしくなる。
5時間足らずの歩きではあったが、なかなかしんどいコースであった。気分的にもかなり重かった。翌日になって、太腿が痛くて、階段の上り下りがきつかった。後半は雨の中の歩きになってしまい、風邪は良くなるどころか悪化して病院に行く始末であった。