◎2020年10月3日(土)
駐車場(6:45)……牛首下分岐(7:58)……牛首(8:26)……月山神社・月山(9:30~10:31)……牛首(11:28)……金姥(11:48)……姥ヶ岳(12:08)……リフト上駅の上分岐(12:30)……牛首下分岐(12:53)……駐車場(13:58)
タイトルに「その1」と記してはいるが、「その2」以降をアップできるかどうかは天気次第、紅葉の進み具合、体力次第ということになる。引き続きの予定は立ててある。今年は、例年よりも一週間から10日ほど紅葉が遅くなっているし、なぜか台風が上陸しない。第一回は欲を張らずに月山だけにした。連休でもないし、ガツガツしたくもない。まして月山までは遠い。事前に調べると家から片道400km近くになっていた。もっとも、秋田の故郷の地までは580kmもある。若い頃のように深夜に出て、どこかのPAで車中泊なんてのは無理だし、何回かやったが、そのスタイルは自分には馴染めない。前日の金曜日に仕事を早退して、その日は寒河江市のホテルに泊まった。寒河江からとて、月山の麓まで一時間はかかるが、地元の西川町に手頃な宿があるとは思えず、楽天トラベルで寒河江にホテルを見つけた。食事なしの素泊まり。それでもGo To キャンペーンで宿泊代は安かった。
寒河江の夜は寒かった。普段なら、旅先でも酒を飲んで食事をしたらさっさと寝るが、寒くて寝る直前にも熱い温泉に浸かった(ここは露天の方が熱かった)。それでも靴下とステテコを履いて寝た。子供の頃に雪国で過ごした寒さ平気の身体はすでにない。ところで、このGo To、宿から「地域共通クーポン」なる1000円の金券をもらったが、使えるのは当日と翌日の二日間。使える場所も隣接県の範囲内に限られていた。どこの店でも使えるわけではなく、寝酒と翌日の食料をローソンに買い出しに行った際、これ使えますか?と聞くと使えるとのことでムダにはならずに済んだ。大手のコンビニなら利用確実だ。
さて、一週間前から『てんきとくらす』の予報を見る限り、2日の金曜日までは月山の登山指数はAで、登山日の3日はCだった。山の選択に悩んだ。Aの栗駒山に去年とは別コースから歩くのもいいか。蔵王という手もあるなと考えたり。それに合わせて宿の予約もキャンセル、予約の繰り返しで、前々日に月山がBになったので寒河江のホテルに戻った。月山の紅葉は見ておきたかった。金曜日にはBからAになったが、その翌日の4日はCだから、おそらくは午後からは崩れるだろう。実際の当日は、午後からどころか、Aの気配はまったくなく、BとCで終始した。月山を歩きながら、山頂そのもののくっきりした姿を拝むことはなかった。余談だが、Cであるはずの4日に登った方のレポを拝見すると、写真で見る山頂の風景はクリアだった。前日はガスガスだったのに。そんなものだ。
(駐車場から月山方面。どんより)
![]()
コースは一般的な月山スキー場下から。場合によってはリフトも使えるからといった安易なもので、31年前に肘折登山口だったから歩いたプランは当初から想定外だ。その時は、ゼネコンのJVのダム工事だったかトンネル工事で寒河江に派遣され、飯場暮らしをしている友人を無理矢理に誘って登った。若い頃だったから、彼にはかなり迷惑な山行だったことは思慮にも入れず、今になって、彼がちらちらとこぼすのを聞くと、笑いながらも悪いことをしたなと今さらながらに思う。さて、こちら側からではリフト利用が大半だろう。運行は8時から。到着6時半過ぎの駐車場は空いている。ざっと30~40台。『山と高原地図』には、340台収容とある。地元や宮城ナンバー以外に他県ナンバー、東京ナンバーもかなりある。駐車場から、方向的にあれが月山だろうと思えるなだらかな山が見える。その上にはグレー色の濃い雲が空を覆っている。靴は不安感2/3でワークマン登山靴にした。サイズ変更買いで初めて履く。しっかりの登山道有りコースで脇から石が入ったり、滑りまくりをしていたら、はてまた穴でもあいたら、やはり1900円では使い物にならないという烙印を押すことになって、二度と履くことはあるまい。
(協力金の徴収。小屋の背後を右に登る)
![]()
(下の色づきはこれからだろう)
![]()
(陽があたっていればさぞきれいだろうに)
![]()
歩道を歩いて行くと、プレハブ小屋が置かれ、言わばこれがゲートで、左がリフト乗り場、右は山道。ここで「月山環境美化協力金」として一人あたり200円を徴収された。協力を惜しむものでもないし、最初から情報は知っていたので、ポケットに200円は用意していた。大人げなく「オレは協力しないから払わない」と言ったら、どういうことになるのだろう。余計なことを考えてしまった。「協力」である限り「強制」ではない。どうでもいいことだが、ここから入山するハイカーからのみの徴収なのだろうか。
早々に息が上がって汗が出てくる。まともな山歩きをしたのは七月半ばのカモシカ平以来だ。冗談や謙遜でもなく、これで月山まで行けるのだろうかと心配になってくる。この時点での本日の予定コースは、月山山頂から北に下って仏生岳。折り返しで月山から姥ヶ岳を経由して、リフトで駐車場に戻るというものだった。この出だしではかなり無理がありそうだし、登山指数Aが前提だ。山頂までの単純標高差だけでも830mはある。だからといって、両リフト使用では自分の沽券に関わる。
(雄宝清水)
![]()
(きれいな赤とは言い難い)
![]()
(次第に色も濃くなるが、雲がどんどん下がってくる)
![]()
(右手の山並み)
![]()
(振り返る)
![]()
(左側。まさに錦秋)
![]()
(天気にあ~ぁとため息)
![]()
(どんどん抜かれていくが、前の女性はずっと前後しながら歩いた)
![]()
(また振り返る)
![]()
後ろから登って来るハイカーに一人、二人、三人…と抜かれる。背後にヒタヒタと足音が聞こえると、雲に隠れつつある月山の写真を撮っては間を稼ぐ。まもなく身体が暑くなり、ウインドパーカーを脱ぎ、手袋を外す。ストックはまだ出さない。これは意地からだけのこと。横切る雄宝清水で早々に水を飲む。冷たくておいしい。少しは元気が出た。清水の看板には「月山 約2時間30分」とある。これくらいなら何とかなる。その先から展望が開けたところの歩きになり、月山は紅葉の山だなとつくづく感じながら歩くようになる。山頂と思しきピークはすでに雲に隠れ、今のうちに秋の景色を立て続けに撮るようになり、結局はろくでもない写真を450枚も撮り重ねてしまうことになった。前回の31年前は雪渓を見るのが目的だったから8月のことだった。
このコースの地理はまったくの不案内で、地図を見て平面的な様子はわかるが、立体的、地形的なものがよく理解できていない。最初の目的地は牛首下分岐。その次が牛首となる。リフトの上駅からはいずれからでも合流する。姥ヶ岳を経由すると牛首だ。それは頭の中でわかっていても、こう開けて緩い谷間を歩くとは思ってもいなかったので、想像と違った風景で少しばかり戸惑った。今日は月山もさることながら、紅葉以外には姥ヶ岳から望む鳥海山を楽しみにしている。ただ、このどんより天気ではどうだろう。
(牛首下分岐。左から登って来た。右はリフトからの直通路)
![]()
(姥ヶ岳方面。奥のピークかと思うが)
![]()
(つい振り返ってしまう。前方がガス化しているのではどうしてもこうなる)
![]()
人だかりが見えて牛首下分岐。リフトからのコース合流点。10人くらいが休んでいる。時間は8時前だから、リフト利用者ではない。ここで休んでいるハイカーとは、結局は山頂まで前後して歩くことになり、特に賑やかな茶髪のオニイチャンたちや単独女性は、ガスがどんどん濃くなっては人影が薄くなって行く視界の中にずっと見えていた。
なるほど、左後ろ上からの木道とここで合流する。さすがにそちらからやって来るハイカーはまだいない。ここまで途中から木道が始まっていたが、この先は敷石も入り込み、かなり歩きやすい。リフト上駅と山頂の中間点を通過。8時8分。月山小屋まで1.5kmの標識。そろそろいいかと、ストックを一本だけ出す。この辺の草紅葉はきれいだ。そして遠方の山肌は紅葉のピークを迎えているようだ。右手の山の上の赤も濃い。だが、ガスがどんどん下りてきている。陽が射す気配はない。からっとした紅葉は無理だったか。別に雨男でもないのだがなぁ。大勢のハイカーのだれかがそうなのだろう。
(牛首。帰路はここから左に折れることになる。しかし、雲が大分下まで来てしまった)
![]()
(悔やんでも始まらない山肌の赤)
![]()
牛首を過ぎると、下山して来る人たちの姿が目に付くようになる。5時頃から登り始めたのだろうが、この今の雲行きでは、むしろ瞬間ではあろうとてきれいな紅葉を拝めたのかもしれないが、満足げな顔をしている人はいない。大方が一人歩きだ。リフトはすでに動いているはずだが、リフトに乗っている時間は20分ほどらしい。今8時半。リフトハイカーに出会うのはまだ先だ。
(徐々に急になる。月山への登りの始まりだ。前方に小さいが白い物が動いているのが見えた)
![]()
(すごいねぇ)
![]()
(こちらも)
![]()
(赤)
![]()
(今日はガス直下のこの辺が最高だったかなぁ。上はろくに見えなかったし)
![]()
(そして、おめでとうカップル。この天気で残念だったね)
![]()
徐々に急になってきた。すでに石畳のような道ではなくゴロ石道で浮石も出てくる。足元に注意して歩かないと落石を起こしかねない。ふと見上げると、この先に白い物が動いているのが見えた。近づくと二人連れで、女は白いドレス、男はモーニングのようなものを着て、蝶ネクタイをしている。山好きどうし、二人だけの結婚式か。こんな酔興もありかと感心したが、せっかくなら、このカップルのためにも晴天にしてやればいいのにと思う。女は裾に隠れて見えないが、男は登山靴。話をして、一番気になったことを聞いた。その格好で登って来たの? ここで着替えたの? この格好で登って来たそうな。これから下るようだ。ペアリフトに仲睦まじく乗るのだろう。せっかくだからと写真を撮らせてもらった。勝手にブログ掲載だから、顔を隠すのが残念だ。
(登る人と下る人が交差してくるようになる。姥ヶ岳方面。月山方面を撮りたいが写真にならない)
![]()
(強いて出すとこれ。そろそろガスの中に入りつつある)
![]()
(それなりに)
![]()
(撮れはするが)
![]()
(ガスの中に突っ込む)
![]()
(上はこここが限界だろう)
![]()
上がガスっている以上、つい見下ろしては写真を撮るようになってしまう。ぞろぞろと人の群れ。まだ下る人は少ない。下って来たオッサンに聞いた。月山の山頂はどちらの方ですかね。左手前方らしい。強風が荒れていたそうだ。ここまで来て、あぁそうですかと下るわけにもいかない。我慢して登る。風も冷たくなり、ウインドパーカーを着なおそうかと思ったが、限界の寒さでもないのでそのまま行く。衣類の濡れは汗なのか露なのかわからなくなり、メガネは曇るどころか水滴がたっぷり付いている。
(石段状になり)
![]()
(稲荷神社)
![]()
(とうとうこうなった)
![]()
紅葉が消えて、石垣の回廊と石畳が再び現れた。そして神社。ここはまだ月山神社ではない。ただの稲荷神社だ。休んでいる人も多い。もうすっかりガスの中を歩いている。右に円盤状の台座があったので行ってみると展望盤だった。ここからでも鳥海山と栗駒、蔵王、朝日岳が見えるらしい。どう見ても視界は30~40m。鳥海が見えるわけがない。
(山小屋だろう)
![]()
(月山神社)
![]()
(神社の裏手のあれが山頂かと思ったが、先には行けない)
![]()
先に行くと山小屋のようなものが見えてきた。こうぼんやりしていたのでは何がなんだかよくわからない。そしてゲートというか石の山門だろうが、門柱には「月山神社本宮」とある。さらにもう一基のゲートをくぐると神社。これが月山神社のようだ。かつて見ているはずだが記憶にない。周囲にだれもいないので二礼二拍一礼で参拝する。
さて、一等三角点のある山だ。ここが山頂のわけがない。神社の後ろの石垣に上がって、強引に下りて先に行ってみる。何もない。あるのは通行止めのロープ。先が岩々のこんもりになっていてあそこが山頂だろうか。行けなくもないが、このガスではケガでもしたら、だれにも見つけてもらえまい。迂回して神社に戻る。
神社前の広場にはたくさんのハイカーがいた。自分は鈍足歩きだが、リフトを使えば、俊足なら、今ここにいても不思議ではない。その時はそう思っていた。離れたところに座って菓子パンを食べてタバコを吸う。タバコを吸うオレを見たからか、オッサンがやって来て近くでタバコを吸い始める。風が強いし、とがめる目つきの人はいない。オッサンに三角点の位置を聞いてみた。常連さんだった。行き方を教えてくれた。やはり、迂回で戻った道のさらに下を迂回して登り返す形のようだ。
(一等三角点)
![]()
グループが下って行ったので、山頂に行くのかと思って後ろにくっついたが、どんどん下って行く。おかしいなと思ったらふと思い出した。自分が予定していた仏生岳は月山八合目の駐車場から登るコース途上にある。このままではそちらに下ってしまう。予定であつたとはいえ、この天気で、白い世界を歩いても意味がない。求めているのはあくまでも黄赤の世界だ。仏生岳に下って折り返すプランは、この情況下では早々に捨て去っていた。途中から戻るように上に登ったら山頂に向かう道があった。八合目の方から登って来る人もかなりいる。今の時間だ。あの広場にいた方々、そちらから登って来た人も多いのだろう。
三角点のある山頂にはだれもいなかった。狭い。展望が果たして良いのかはこれではわからない。周囲は狭くロープに囲まれている。気に入らないのが山名板。三角点標石にくっつけて置かれている。真新しくて、置かれた場所も含めて山頂には似つかわしくない。せめて離して置けばいいのに。
(神社前で。人の動きが激しい)
![]()
(すぐそこにこんな池塘もあったが)
![]()
(ダラダラと長居して下る。晴れ間が出る期待があったのかもしれない)
![]()
三角点を確認して神社前に戻る。また人が増えていた。三角点を教えてくれたオッサンはまだタバコを吸っていた。強い風が吹き付けるようになった。石に腰かけ、また菓子パンを食べて、何をするわけでもなくうだうだと過ごした。どんどん登って来る。これは確実に大半がリフト利用の方々だ。そろそろ下ろうか。山頂には無為に一時間もいた。
下りかけると同時に、下からの強風にあおられた。メガネには露が付き、拭いてもすぐに見えなくなる。メガネは外し、ストックも危ないので収納した。
なかなかはかどらない下りだった。石ゴロだから余計だ。登って来る人も下る人も多いので、狭いところでは一時的につかえた。あの脇を行けるのになぁと思っても、大勢に合わせて待機する。しかし、かなりの密状態だ。それでいて、マスクを着用している人はほんの数人。もちろん、自分も着けていない。視界は相変わらず悪く、慌てたらかえって危ない。これで手頃な下りかもしれない。つい安穏に、地元の人なら天気を見ながら、いつでも来られ、こんな悪天では来ないだろうと思いがちだが、そういうものではない。やはり、そんなことができるのは仕事からも解放され、いつでもフリーな立場の人だけだ。恵まれた人は滅多にいない。
(ガスの中の赤)
![]()
(同じく)
![]()
(右手側)
![]()
(左手側。ため息はもう出ない)
![]()
(牛首。ここは直進する)
![]()
周囲が白い世界に赤く染まった葉の塊が浮かんでいるかに見える。それはそれで幻想的な紅葉風景だ。そんなのを見ながらゆっくり下って行くと牛首に着いた。ここからリフトの方に行く。予定通り。姥ヶ岳を経由してリフトに乗って下るつもりでいる。
薄ぼんやりだが、右手の斜面の紅葉がきれいだ。大分下まで続いていそうだ。一瞬でも雲が上がって青空が覗いたらどんなに感動的な風景になっていることだろう。せめて5分、3分でもと願わずにはいられないが、無理な相談だ。今日の月山の紅葉はグッドタイミングだったが、天気が悪くて残念でしたで終わりということだった。
(当然だが、下に行くに連れてガスは薄くなり)
![]()
(このレベルなら我慢もできる)
![]()
(一面らしき草紅葉)
![]()
(歩道に覆い被さっているようだ)
![]()
(ここの斜面の眺めはさぞきれいだろうに)
![]()
「金姥」の標識を通過。「かなうば」と読むらしい。ここは分岐で、西に行くと湯殿山に至る。この標識の文字の字面から金嬉老を思い出した。年寄りならだれでも知っていると信じたい。テレビドラマ化されもし、ビートたけしが金嬉老を演じていた。
視界の悪さは相変わらずだ。ぼんやりと前方に小高い丘のようなものが見えるが、あれが姥ヶ岳だろう。左右間近の赤やら草紅葉を見ては写真に収める行動は続いている。そんなガスの中で撮った写真も、その時は続く雰囲気の延長できれいだと思っても、後で見ると、何だこれはということになる。写真整理する気分にもならない。
(ぼんやりと姥ヶ岳か)
![]()
(こちらも続いている)
![]()
(姥ヶ岳がはっきり見えたのは一瞬だった)
![]()
(左下。往路ではあそこを歩いていた)
![]()
ガスが薄くなったなと思ったら、ガスはどんどん上がって行き、視界が広がっていった。そして、瞬間的に姥ヶ岳の姿が見えた。だが長続きはせず、またガスが下りてきた。薄くなりかけたガスの中で左を見下ろすと、登って来た時の広い谷間は錦色の平原に見えた。上から見ると、こうも違った印象になるものなのか。あそこは登るよりも、上から見下ろしのスポットなのかもしれない。当然、夏なら雪渓もしばらく残っているだろう。
(すぐにガス巻き)
![]()
(姥ヶ岳山頂)
![]()
(これでは鳥海山どころではない)
![]()
姥ヶ岳の山頂は山のピークといった感じはなく、ロープが張られた木道がぐるりと回り、休憩ベンチもいくつか置かれている。見えるわけもない鳥海山をわざわざ見に行った。シルエットすら感じない。むしろ、月山らしきピークがぼんやりと見えている。このガスでは用事も作れず、大して疲れてもいないので、リフト乗り場方面にさっさと下る。
(この広い草原状もなかなかだ)
![]()
(これを見てリフトにするか迷った)
![]()
(かたやリフト上駅)
![]()
(結局、リフトはやめにしてこちらを選んだ)
![]()
情況が変わりつつある。下って行くうちに、リフト乗り場の建屋がはっきり見えてき、雲の色は薄くなり、雲間に薄日すら射し込んできた。左下の谷間の平原の風景もすっきりし、歩くハイカーの姿が見えている。木道が牛首下分岐から分かれているのも見える。気が変わった。リフトはやめ。牛首下に向かった。
(この天気の中では期待通り)
![]()
(これがところどころにあった)
![]()
(左の斜面をアップにするとこうなっている)
![]()
(気分が良い。ヒルもアブも蚊や羽虫もいない)
![]()
(牛首下のようだ)
![]()
敷石を下って行くと、何とも贅沢な気分になった。雲が薄くなった分、紅葉もすっきりとまではいかないが、それなりにきれいな中の歩きだ。間もなく牛首下に到着し、往路時の登山道に出た。
歩くハイカーの姿は少ない。今度は右手のリフト姥ヶ岳、リフト乗り場方面の斜面を見ながらの歩きになった。なかなか良い。これが晴天で、青空の下だったらどんなにかきれいだろう。少なくとも三倍の美しさかと思う。
(往路で登って来た道。帰り道感覚になってしまった)
![]()
(姥ヶ岳方面。今日の見納めになる)
![]()
(ただの登山道になった)
![]()
(月山のしずく)
![]()
平原が谷間状に近くなって道も狭くなった。もう見るものもたまに出てくる色づきの葉程度だ。「月山のしずく」で水を飲む。もう淡々と歩いている。気分的に長く飽きてきた。悪いことに足の指先が下り途中から痛くなってきていた。だれもいないのをよいことに、木道に腰かけて一服した。出たのはため息だった。せめて晴れていなくとも、そして鳥海山が見えなくとも、ガスの中の歩きになるとは思わず、せめて、姥ヶ岳からの下りの曇り具合で十分だったのに。後悔する云々の次元ではない。
(他に見かけた花1)
![]()
(同じく2)
![]()
(同じく3)
![]()
歩きを再開すると、リフトのアナウンスが聞こえた。「ただ今から、リフトの運行を再開いたします」。ということは一時的に止まっていたのか。おそらくは強風が理由だろう。少なくとも、牛首では上での強風は消えていたが。
雄宝清水は出がけに飲んだから素通り。足指の痛みで足運びが悪くなった。靴を見る。ワークマンに異状は見られないし、ここまで、脇から小石も入らなかったし、滑ることもなかった。つまり、月山レベルでも使えるということだが、指先がどうも。これは靴のせいではなく、ヒモの結び方や靴下にもよるだろう。サイズ的には26cmでやはりちょうど良かったとは言える。
(ここを通過すると)
![]()
(じきにリフト道に合流となった)
![]()
(そして駐車場。足指が痛い)
![]()
コンクリ道になってリフト乗り場からの道に合流した。200mほどで駐車場。その間に何人かに抜かれた。駐車場に到着。車はざっと150台以上はある。下はかなりの空きがあるが、上の駐車場はいっぱいだから、早い人はもう帰ったのだろう。ということは、やって来た車は200台以上はあったということか。福島ナンバーの大型バスが一台とまっていたのには驚いた。何人のツアーかは知らないが、これはまだ早いのではなかろうか。ことにオバチャン連中はおしゃべりだ。
靴を脱いで、足指を見ると、予想通りに、両親指の爪の中が下から先まで赤くなっていた。内出血だ。これでは痛くて当たり前だ。幸いにマメはできていない。後日談。自分の経験からして、これをそのままにしておくと、やがては血が固まって黒くなる。別に歩行に支障はないがみっともない状態が長く続く。自分でできる治療法がある。ライターでゼムクリップを真っ赤に熱し、爪の表面に何度か刺して二か所ほどに穴を開ける。すると、その穴から血が出てくるしくみだ。やったことはない。生兵法は大怪我の元という。月曜日に病院に行って血を抜いてもらった。キリのようなものを使って穴を開けると、中の血はきれいに抜け出た。後始末の消毒すらなく、ガーゼを絆創膏で巻いただけ。これで治ったわけではない。医者には爪そのものはいずれポロリと剥がれるだろうとも言われた。そうなっても何も問題はないとのことだったが。
車に乗り込み、エンジンをかけると雨がポツリと落ちてきた。見上げる空はまた黒ずんできている。このまま家まで帰るのはしんどい。宮城の娘の家に泊まることにした。食事のぜいたくはしない。途中で酒を買っていくだけで済む。
娘は待ってましたとばかりに孫を順番に二人、風呂に入れさせられた。おかげで風呂ではゆっくりもできず、なかなか風呂から出ようとしない子供たち相手にぐったりと疲れた。山歩きよりもしんどかった。
話は前後する。紅葉中の東北の山行予定はまだあるから、月山の無念さをこだわっていても仕方がない。それよりも、久しぶりに楽チンリフトも使わずに往復できたことがむしろ素直にうれしかった。次回の天気と紅葉に期待しよう。
(今回の軌跡)
![]()
「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)、数値地図25000(地名・公共施設)、数値地図250mメッシュ(標高)、数値地図50mメッシュ(標高)及び基盤地図情報を使用した。(承認番号 平24情使、 第921号)」
駐車場(6:45)……牛首下分岐(7:58)……牛首(8:26)……月山神社・月山(9:30~10:31)……牛首(11:28)……金姥(11:48)……姥ヶ岳(12:08)……リフト上駅の上分岐(12:30)……牛首下分岐(12:53)……駐車場(13:58)
タイトルに「その1」と記してはいるが、「その2」以降をアップできるかどうかは天気次第、紅葉の進み具合、体力次第ということになる。引き続きの予定は立ててある。今年は、例年よりも一週間から10日ほど紅葉が遅くなっているし、なぜか台風が上陸しない。第一回は欲を張らずに月山だけにした。連休でもないし、ガツガツしたくもない。まして月山までは遠い。事前に調べると家から片道400km近くになっていた。もっとも、秋田の故郷の地までは580kmもある。若い頃のように深夜に出て、どこかのPAで車中泊なんてのは無理だし、何回かやったが、そのスタイルは自分には馴染めない。前日の金曜日に仕事を早退して、その日は寒河江市のホテルに泊まった。寒河江からとて、月山の麓まで一時間はかかるが、地元の西川町に手頃な宿があるとは思えず、楽天トラベルで寒河江にホテルを見つけた。食事なしの素泊まり。それでもGo To キャンペーンで宿泊代は安かった。
寒河江の夜は寒かった。普段なら、旅先でも酒を飲んで食事をしたらさっさと寝るが、寒くて寝る直前にも熱い温泉に浸かった(ここは露天の方が熱かった)。それでも靴下とステテコを履いて寝た。子供の頃に雪国で過ごした寒さ平気の身体はすでにない。ところで、このGo To、宿から「地域共通クーポン」なる1000円の金券をもらったが、使えるのは当日と翌日の二日間。使える場所も隣接県の範囲内に限られていた。どこの店でも使えるわけではなく、寝酒と翌日の食料をローソンに買い出しに行った際、これ使えますか?と聞くと使えるとのことでムダにはならずに済んだ。大手のコンビニなら利用確実だ。
さて、一週間前から『てんきとくらす』の予報を見る限り、2日の金曜日までは月山の登山指数はAで、登山日の3日はCだった。山の選択に悩んだ。Aの栗駒山に去年とは別コースから歩くのもいいか。蔵王という手もあるなと考えたり。それに合わせて宿の予約もキャンセル、予約の繰り返しで、前々日に月山がBになったので寒河江のホテルに戻った。月山の紅葉は見ておきたかった。金曜日にはBからAになったが、その翌日の4日はCだから、おそらくは午後からは崩れるだろう。実際の当日は、午後からどころか、Aの気配はまったくなく、BとCで終始した。月山を歩きながら、山頂そのもののくっきりした姿を拝むことはなかった。余談だが、Cであるはずの4日に登った方のレポを拝見すると、写真で見る山頂の風景はクリアだった。前日はガスガスだったのに。そんなものだ。
(駐車場から月山方面。どんより)

コースは一般的な月山スキー場下から。場合によってはリフトも使えるからといった安易なもので、31年前に肘折登山口だったから歩いたプランは当初から想定外だ。その時は、ゼネコンのJVのダム工事だったかトンネル工事で寒河江に派遣され、飯場暮らしをしている友人を無理矢理に誘って登った。若い頃だったから、彼にはかなり迷惑な山行だったことは思慮にも入れず、今になって、彼がちらちらとこぼすのを聞くと、笑いながらも悪いことをしたなと今さらながらに思う。さて、こちら側からではリフト利用が大半だろう。運行は8時から。到着6時半過ぎの駐車場は空いている。ざっと30~40台。『山と高原地図』には、340台収容とある。地元や宮城ナンバー以外に他県ナンバー、東京ナンバーもかなりある。駐車場から、方向的にあれが月山だろうと思えるなだらかな山が見える。その上にはグレー色の濃い雲が空を覆っている。靴は不安感2/3でワークマン登山靴にした。サイズ変更買いで初めて履く。しっかりの登山道有りコースで脇から石が入ったり、滑りまくりをしていたら、はてまた穴でもあいたら、やはり1900円では使い物にならないという烙印を押すことになって、二度と履くことはあるまい。
(協力金の徴収。小屋の背後を右に登る)

(下の色づきはこれからだろう)

(陽があたっていればさぞきれいだろうに)

歩道を歩いて行くと、プレハブ小屋が置かれ、言わばこれがゲートで、左がリフト乗り場、右は山道。ここで「月山環境美化協力金」として一人あたり200円を徴収された。協力を惜しむものでもないし、最初から情報は知っていたので、ポケットに200円は用意していた。大人げなく「オレは協力しないから払わない」と言ったら、どういうことになるのだろう。余計なことを考えてしまった。「協力」である限り「強制」ではない。どうでもいいことだが、ここから入山するハイカーからのみの徴収なのだろうか。
早々に息が上がって汗が出てくる。まともな山歩きをしたのは七月半ばのカモシカ平以来だ。冗談や謙遜でもなく、これで月山まで行けるのだろうかと心配になってくる。この時点での本日の予定コースは、月山山頂から北に下って仏生岳。折り返しで月山から姥ヶ岳を経由して、リフトで駐車場に戻るというものだった。この出だしではかなり無理がありそうだし、登山指数Aが前提だ。山頂までの単純標高差だけでも830mはある。だからといって、両リフト使用では自分の沽券に関わる。
(雄宝清水)

(きれいな赤とは言い難い)

(次第に色も濃くなるが、雲がどんどん下がってくる)

(右手の山並み)

(振り返る)

(左側。まさに錦秋)

(天気にあ~ぁとため息)

(どんどん抜かれていくが、前の女性はずっと前後しながら歩いた)

(また振り返る)

後ろから登って来るハイカーに一人、二人、三人…と抜かれる。背後にヒタヒタと足音が聞こえると、雲に隠れつつある月山の写真を撮っては間を稼ぐ。まもなく身体が暑くなり、ウインドパーカーを脱ぎ、手袋を外す。ストックはまだ出さない。これは意地からだけのこと。横切る雄宝清水で早々に水を飲む。冷たくておいしい。少しは元気が出た。清水の看板には「月山 約2時間30分」とある。これくらいなら何とかなる。その先から展望が開けたところの歩きになり、月山は紅葉の山だなとつくづく感じながら歩くようになる。山頂と思しきピークはすでに雲に隠れ、今のうちに秋の景色を立て続けに撮るようになり、結局はろくでもない写真を450枚も撮り重ねてしまうことになった。前回の31年前は雪渓を見るのが目的だったから8月のことだった。
このコースの地理はまったくの不案内で、地図を見て平面的な様子はわかるが、立体的、地形的なものがよく理解できていない。最初の目的地は牛首下分岐。その次が牛首となる。リフトの上駅からはいずれからでも合流する。姥ヶ岳を経由すると牛首だ。それは頭の中でわかっていても、こう開けて緩い谷間を歩くとは思ってもいなかったので、想像と違った風景で少しばかり戸惑った。今日は月山もさることながら、紅葉以外には姥ヶ岳から望む鳥海山を楽しみにしている。ただ、このどんより天気ではどうだろう。
(牛首下分岐。左から登って来た。右はリフトからの直通路)

(姥ヶ岳方面。奥のピークかと思うが)

(つい振り返ってしまう。前方がガス化しているのではどうしてもこうなる)

人だかりが見えて牛首下分岐。リフトからのコース合流点。10人くらいが休んでいる。時間は8時前だから、リフト利用者ではない。ここで休んでいるハイカーとは、結局は山頂まで前後して歩くことになり、特に賑やかな茶髪のオニイチャンたちや単独女性は、ガスがどんどん濃くなっては人影が薄くなって行く視界の中にずっと見えていた。
なるほど、左後ろ上からの木道とここで合流する。さすがにそちらからやって来るハイカーはまだいない。ここまで途中から木道が始まっていたが、この先は敷石も入り込み、かなり歩きやすい。リフト上駅と山頂の中間点を通過。8時8分。月山小屋まで1.5kmの標識。そろそろいいかと、ストックを一本だけ出す。この辺の草紅葉はきれいだ。そして遠方の山肌は紅葉のピークを迎えているようだ。右手の山の上の赤も濃い。だが、ガスがどんどん下りてきている。陽が射す気配はない。からっとした紅葉は無理だったか。別に雨男でもないのだがなぁ。大勢のハイカーのだれかがそうなのだろう。
(牛首。帰路はここから左に折れることになる。しかし、雲が大分下まで来てしまった)

(悔やんでも始まらない山肌の赤)

牛首を過ぎると、下山して来る人たちの姿が目に付くようになる。5時頃から登り始めたのだろうが、この今の雲行きでは、むしろ瞬間ではあろうとてきれいな紅葉を拝めたのかもしれないが、満足げな顔をしている人はいない。大方が一人歩きだ。リフトはすでに動いているはずだが、リフトに乗っている時間は20分ほどらしい。今8時半。リフトハイカーに出会うのはまだ先だ。
(徐々に急になる。月山への登りの始まりだ。前方に小さいが白い物が動いているのが見えた)

(すごいねぇ)

(こちらも)

(赤)

(今日はガス直下のこの辺が最高だったかなぁ。上はろくに見えなかったし)

(そして、おめでとうカップル。この天気で残念だったね)

徐々に急になってきた。すでに石畳のような道ではなくゴロ石道で浮石も出てくる。足元に注意して歩かないと落石を起こしかねない。ふと見上げると、この先に白い物が動いているのが見えた。近づくと二人連れで、女は白いドレス、男はモーニングのようなものを着て、蝶ネクタイをしている。山好きどうし、二人だけの結婚式か。こんな酔興もありかと感心したが、せっかくなら、このカップルのためにも晴天にしてやればいいのにと思う。女は裾に隠れて見えないが、男は登山靴。話をして、一番気になったことを聞いた。その格好で登って来たの? ここで着替えたの? この格好で登って来たそうな。これから下るようだ。ペアリフトに仲睦まじく乗るのだろう。せっかくだからと写真を撮らせてもらった。勝手にブログ掲載だから、顔を隠すのが残念だ。
(登る人と下る人が交差してくるようになる。姥ヶ岳方面。月山方面を撮りたいが写真にならない)

(強いて出すとこれ。そろそろガスの中に入りつつある)

(それなりに)

(撮れはするが)

(ガスの中に突っ込む)

(上はこここが限界だろう)

上がガスっている以上、つい見下ろしては写真を撮るようになってしまう。ぞろぞろと人の群れ。まだ下る人は少ない。下って来たオッサンに聞いた。月山の山頂はどちらの方ですかね。左手前方らしい。強風が荒れていたそうだ。ここまで来て、あぁそうですかと下るわけにもいかない。我慢して登る。風も冷たくなり、ウインドパーカーを着なおそうかと思ったが、限界の寒さでもないのでそのまま行く。衣類の濡れは汗なのか露なのかわからなくなり、メガネは曇るどころか水滴がたっぷり付いている。
(石段状になり)

(稲荷神社)

(とうとうこうなった)

紅葉が消えて、石垣の回廊と石畳が再び現れた。そして神社。ここはまだ月山神社ではない。ただの稲荷神社だ。休んでいる人も多い。もうすっかりガスの中を歩いている。右に円盤状の台座があったので行ってみると展望盤だった。ここからでも鳥海山と栗駒、蔵王、朝日岳が見えるらしい。どう見ても視界は30~40m。鳥海が見えるわけがない。
(山小屋だろう)

(月山神社)

(神社の裏手のあれが山頂かと思ったが、先には行けない)

先に行くと山小屋のようなものが見えてきた。こうぼんやりしていたのでは何がなんだかよくわからない。そしてゲートというか石の山門だろうが、門柱には「月山神社本宮」とある。さらにもう一基のゲートをくぐると神社。これが月山神社のようだ。かつて見ているはずだが記憶にない。周囲にだれもいないので二礼二拍一礼で参拝する。
さて、一等三角点のある山だ。ここが山頂のわけがない。神社の後ろの石垣に上がって、強引に下りて先に行ってみる。何もない。あるのは通行止めのロープ。先が岩々のこんもりになっていてあそこが山頂だろうか。行けなくもないが、このガスではケガでもしたら、だれにも見つけてもらえまい。迂回して神社に戻る。
神社前の広場にはたくさんのハイカーがいた。自分は鈍足歩きだが、リフトを使えば、俊足なら、今ここにいても不思議ではない。その時はそう思っていた。離れたところに座って菓子パンを食べてタバコを吸う。タバコを吸うオレを見たからか、オッサンがやって来て近くでタバコを吸い始める。風が強いし、とがめる目つきの人はいない。オッサンに三角点の位置を聞いてみた。常連さんだった。行き方を教えてくれた。やはり、迂回で戻った道のさらに下を迂回して登り返す形のようだ。
(一等三角点)

グループが下って行ったので、山頂に行くのかと思って後ろにくっついたが、どんどん下って行く。おかしいなと思ったらふと思い出した。自分が予定していた仏生岳は月山八合目の駐車場から登るコース途上にある。このままではそちらに下ってしまう。予定であつたとはいえ、この天気で、白い世界を歩いても意味がない。求めているのはあくまでも黄赤の世界だ。仏生岳に下って折り返すプランは、この情況下では早々に捨て去っていた。途中から戻るように上に登ったら山頂に向かう道があった。八合目の方から登って来る人もかなりいる。今の時間だ。あの広場にいた方々、そちらから登って来た人も多いのだろう。
三角点のある山頂にはだれもいなかった。狭い。展望が果たして良いのかはこれではわからない。周囲は狭くロープに囲まれている。気に入らないのが山名板。三角点標石にくっつけて置かれている。真新しくて、置かれた場所も含めて山頂には似つかわしくない。せめて離して置けばいいのに。
(神社前で。人の動きが激しい)

(すぐそこにこんな池塘もあったが)

(ダラダラと長居して下る。晴れ間が出る期待があったのかもしれない)

三角点を確認して神社前に戻る。また人が増えていた。三角点を教えてくれたオッサンはまだタバコを吸っていた。強い風が吹き付けるようになった。石に腰かけ、また菓子パンを食べて、何をするわけでもなくうだうだと過ごした。どんどん登って来る。これは確実に大半がリフト利用の方々だ。そろそろ下ろうか。山頂には無為に一時間もいた。
下りかけると同時に、下からの強風にあおられた。メガネには露が付き、拭いてもすぐに見えなくなる。メガネは外し、ストックも危ないので収納した。
なかなかはかどらない下りだった。石ゴロだから余計だ。登って来る人も下る人も多いので、狭いところでは一時的につかえた。あの脇を行けるのになぁと思っても、大勢に合わせて待機する。しかし、かなりの密状態だ。それでいて、マスクを着用している人はほんの数人。もちろん、自分も着けていない。視界は相変わらず悪く、慌てたらかえって危ない。これで手頃な下りかもしれない。つい安穏に、地元の人なら天気を見ながら、いつでも来られ、こんな悪天では来ないだろうと思いがちだが、そういうものではない。やはり、そんなことができるのは仕事からも解放され、いつでもフリーな立場の人だけだ。恵まれた人は滅多にいない。
(ガスの中の赤)

(同じく)

(右手側)

(左手側。ため息はもう出ない)

(牛首。ここは直進する)

周囲が白い世界に赤く染まった葉の塊が浮かんでいるかに見える。それはそれで幻想的な紅葉風景だ。そんなのを見ながらゆっくり下って行くと牛首に着いた。ここからリフトの方に行く。予定通り。姥ヶ岳を経由してリフトに乗って下るつもりでいる。
薄ぼんやりだが、右手の斜面の紅葉がきれいだ。大分下まで続いていそうだ。一瞬でも雲が上がって青空が覗いたらどんなに感動的な風景になっていることだろう。せめて5分、3分でもと願わずにはいられないが、無理な相談だ。今日の月山の紅葉はグッドタイミングだったが、天気が悪くて残念でしたで終わりということだった。
(当然だが、下に行くに連れてガスは薄くなり)

(このレベルなら我慢もできる)

(一面らしき草紅葉)

(歩道に覆い被さっているようだ)

(ここの斜面の眺めはさぞきれいだろうに)

「金姥」の標識を通過。「かなうば」と読むらしい。ここは分岐で、西に行くと湯殿山に至る。この標識の文字の字面から金嬉老を思い出した。年寄りならだれでも知っていると信じたい。テレビドラマ化されもし、ビートたけしが金嬉老を演じていた。
視界の悪さは相変わらずだ。ぼんやりと前方に小高い丘のようなものが見えるが、あれが姥ヶ岳だろう。左右間近の赤やら草紅葉を見ては写真に収める行動は続いている。そんなガスの中で撮った写真も、その時は続く雰囲気の延長できれいだと思っても、後で見ると、何だこれはということになる。写真整理する気分にもならない。
(ぼんやりと姥ヶ岳か)

(こちらも続いている)

(姥ヶ岳がはっきり見えたのは一瞬だった)

(左下。往路ではあそこを歩いていた)

ガスが薄くなったなと思ったら、ガスはどんどん上がって行き、視界が広がっていった。そして、瞬間的に姥ヶ岳の姿が見えた。だが長続きはせず、またガスが下りてきた。薄くなりかけたガスの中で左を見下ろすと、登って来た時の広い谷間は錦色の平原に見えた。上から見ると、こうも違った印象になるものなのか。あそこは登るよりも、上から見下ろしのスポットなのかもしれない。当然、夏なら雪渓もしばらく残っているだろう。
(すぐにガス巻き)

(姥ヶ岳山頂)

(これでは鳥海山どころではない)

姥ヶ岳の山頂は山のピークといった感じはなく、ロープが張られた木道がぐるりと回り、休憩ベンチもいくつか置かれている。見えるわけもない鳥海山をわざわざ見に行った。シルエットすら感じない。むしろ、月山らしきピークがぼんやりと見えている。このガスでは用事も作れず、大して疲れてもいないので、リフト乗り場方面にさっさと下る。
(この広い草原状もなかなかだ)

(これを見てリフトにするか迷った)

(かたやリフト上駅)

(結局、リフトはやめにしてこちらを選んだ)

情況が変わりつつある。下って行くうちに、リフト乗り場の建屋がはっきり見えてき、雲の色は薄くなり、雲間に薄日すら射し込んできた。左下の谷間の平原の風景もすっきりし、歩くハイカーの姿が見えている。木道が牛首下分岐から分かれているのも見える。気が変わった。リフトはやめ。牛首下に向かった。
(この天気の中では期待通り)

(これがところどころにあった)

(左の斜面をアップにするとこうなっている)

(気分が良い。ヒルもアブも蚊や羽虫もいない)

(牛首下のようだ)

敷石を下って行くと、何とも贅沢な気分になった。雲が薄くなった分、紅葉もすっきりとまではいかないが、それなりにきれいな中の歩きだ。間もなく牛首下に到着し、往路時の登山道に出た。
歩くハイカーの姿は少ない。今度は右手のリフト姥ヶ岳、リフト乗り場方面の斜面を見ながらの歩きになった。なかなか良い。これが晴天で、青空の下だったらどんなにかきれいだろう。少なくとも三倍の美しさかと思う。
(往路で登って来た道。帰り道感覚になってしまった)

(姥ヶ岳方面。今日の見納めになる)

(ただの登山道になった)

(月山のしずく)

平原が谷間状に近くなって道も狭くなった。もう見るものもたまに出てくる色づきの葉程度だ。「月山のしずく」で水を飲む。もう淡々と歩いている。気分的に長く飽きてきた。悪いことに足の指先が下り途中から痛くなってきていた。だれもいないのをよいことに、木道に腰かけて一服した。出たのはため息だった。せめて晴れていなくとも、そして鳥海山が見えなくとも、ガスの中の歩きになるとは思わず、せめて、姥ヶ岳からの下りの曇り具合で十分だったのに。後悔する云々の次元ではない。
(他に見かけた花1)

(同じく2)

(同じく3)

歩きを再開すると、リフトのアナウンスが聞こえた。「ただ今から、リフトの運行を再開いたします」。ということは一時的に止まっていたのか。おそらくは強風が理由だろう。少なくとも、牛首では上での強風は消えていたが。
雄宝清水は出がけに飲んだから素通り。足指の痛みで足運びが悪くなった。靴を見る。ワークマンに異状は見られないし、ここまで、脇から小石も入らなかったし、滑ることもなかった。つまり、月山レベルでも使えるということだが、指先がどうも。これは靴のせいではなく、ヒモの結び方や靴下にもよるだろう。サイズ的には26cmでやはりちょうど良かったとは言える。
(ここを通過すると)

(じきにリフト道に合流となった)

(そして駐車場。足指が痛い)

コンクリ道になってリフト乗り場からの道に合流した。200mほどで駐車場。その間に何人かに抜かれた。駐車場に到着。車はざっと150台以上はある。下はかなりの空きがあるが、上の駐車場はいっぱいだから、早い人はもう帰ったのだろう。ということは、やって来た車は200台以上はあったということか。福島ナンバーの大型バスが一台とまっていたのには驚いた。何人のツアーかは知らないが、これはまだ早いのではなかろうか。ことにオバチャン連中はおしゃべりだ。
靴を脱いで、足指を見ると、予想通りに、両親指の爪の中が下から先まで赤くなっていた。内出血だ。これでは痛くて当たり前だ。幸いにマメはできていない。後日談。自分の経験からして、これをそのままにしておくと、やがては血が固まって黒くなる。別に歩行に支障はないがみっともない状態が長く続く。自分でできる治療法がある。ライターでゼムクリップを真っ赤に熱し、爪の表面に何度か刺して二か所ほどに穴を開ける。すると、その穴から血が出てくるしくみだ。やったことはない。生兵法は大怪我の元という。月曜日に病院に行って血を抜いてもらった。キリのようなものを使って穴を開けると、中の血はきれいに抜け出た。後始末の消毒すらなく、ガーゼを絆創膏で巻いただけ。これで治ったわけではない。医者には爪そのものはいずれポロリと剥がれるだろうとも言われた。そうなっても何も問題はないとのことだったが。
車に乗り込み、エンジンをかけると雨がポツリと落ちてきた。見上げる空はまた黒ずんできている。このまま家まで帰るのはしんどい。宮城の娘の家に泊まることにした。食事のぜいたくはしない。途中で酒を買っていくだけで済む。
娘は待ってましたとばかりに孫を順番に二人、風呂に入れさせられた。おかげで風呂ではゆっくりもできず、なかなか風呂から出ようとしない子供たち相手にぐったりと疲れた。山歩きよりもしんどかった。
話は前後する。紅葉中の東北の山行予定はまだあるから、月山の無念さをこだわっていても仕方がない。それよりも、久しぶりに楽チンリフトも使わずに往復できたことがむしろ素直にうれしかった。次回の天気と紅葉に期待しよう。
(今回の軌跡)

「この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)、数値地図25000(地名・公共施設)、数値地図250mメッシュ(標高)、数値地図50mメッシュ(標高)及び基盤地図情報を使用した。(承認番号 平24情使、 第921号)」